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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)11914号 判決 2000年9月14日

原告

有限会社池上パテントインキュベーター

右代表者取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

松本司

松本好史

被告

シャープ株式会社

右代表者代表取締役

【B】

被告

上新電機株式会社

右代表者代表取締役

【C】

被告

中川無線電機株式会社

右代表者代表取締役

【D】

被告

株式会社デオデオ

右代表者代表取締役

【E】

右被告ら訴訟代理人弁護士

高坂敬三

鳥山半六

岩本安昭

右補佐人弁理士

【F】

【G】

【H】

右被告上新電機株式会社訴訟代理人弁護士

山崎優

伴城宏

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告シャープ株式会社は別紙イ号製品目録(原告)記載の装置を製造、販売してはならない。

二  被告上新電機株式会社、被告中川無線電機株式会社及び被告株式会社デオデオは、前項記載の装置を販売又は販売のために展示してはならない。

三  被告らは、第一項記載の装置を廃棄せよ。

第二事案の概要

一  基礎となる事実(いずれも争いがないか、後掲の証拠又は弁論の全趣旨により認められる。また、以下、書証の掲記は「甲1」などと略称し、枝番のすべてを含む場合はその記載を省略する。)

1  原告の特許権

原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。

(一) 発明の名称

情報処理装置

(二) 出願日

昭和五五年一二月一三日(特願昭六三ー六五九五号)

なお、本件の特許出願は、特願昭五五ー一七六二九六号(以下「原出願」という。)からの分割出願である。

(三) 公告日

平成二年二月一五日(特公平二ー七一〇七号)

(四) 登録日

平成二年一〇月二二日

(五) 特許番号

第一五八三一七七号

(六) 特許請求の範囲(請求項1)

本件特許権の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲(請求項1)の記載は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当欄記載のとおりである(以下同特許請求の範囲欄中、請求項1記載の特許発明を「本件発明」という。)。

2  本件発明の構成要件の分説

本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。

A 処理すべき未処理情報を入力する入力手段と、

B 前記入力手段に入力された情報を認識する認識手段と、

C 前記認識手段で認識された未処理情報に基づいて、それに対応する処理済情報に処理する情報処理手段と、

D 前記認識手段から出力される認識後の情報中に存在する終端情報を検出した際、前記情報処理手段に処理動作を実行させる処理実行指示手段と

E を備えてなる情報処理装置

3  本件発明の作用効果

本件明細書には、本件発明の作用効果として次のような記載がある。

(一) 「本発明によれば、認識後の出力中に存在する終端情報を検出した際、情報処理動作を実行させるので、認識前のノイズの多い情報から終端情報を検出する場合に比較して、検出精度を大巾に向上でき、自動処理を確実に行うことができる」(本件公報8欄17ないし22行目)

(二) 「認識前の情報から終端情報を検出した場合、認識手段での認識動作に要する時間遅れ(タイムラグ)を考慮して(例えば、遅延手段を設けるなどして)情報処理手段への実行指示のタイミングを遅らさなければ、情報処理手段に処理実行をAS7'(裁判所注:処理実行指示手段を指す。)から指示したが、未だ認識手段で認識動作中であったというのでは、タイミングよく処理を実行させ精度の高い処理済情報を得ることができないのであるが、本発明のものでは、認識後の情報を終端情報の検出対象としているので、終端情報が検出されたときには、必ず、処理すべき情報は全て情報処理手段に入力されているので、遅延手段などの時間制御手段を要せず、タイミングよく処理動作を自動的に実行させることができる。」(同8欄22ないし36行目)

4  原出願の経過

(一) 原出願の願書に最初に添付した明細書(以下「原出願当初明細書」という。)に記載された特許請求の範囲(請求項1)は、次のとおりであった(乙2)。

「元言語入力部を電子翻訳部を介して、翻訳言語出力部に接続させると共に、元言語入力信号の終端検出手段と電子翻訳部に翻訳動作を行わせる翻訳指示手段とを備えた翻訳制御部を前記電子翻訳部に接続させたことを特徴とする電子翻訳装置」

(二) 原出願に対しては、昭和六三年一〇月二七日に拒絶査定がされ(甲24の2)、そのまま確定した。

5  被告らの行為

被告シャープ株式会社は、平成一〇年九月下旬から、ワードプロセッサ「MRー3」(以下、「イ号製品」という。)を製造、販売している。

被告上新電機株式会社、被告中川無線電機株式会社及び被告株式会社デオデオは、イ号製品を販売及び販売のための展示をしている。

本件で問題になっているのは、イ号製品における英日翻訳支援機能である。

二  原告の請求

本件は、原告が、被告らに対し、イ号製品は本件発明の技術的範囲に属するから、その製造、販売及び販売のための展示は本件特許権を侵害するとして、本件特許権に基づき、それらの行為の差止め及びイ号製品の廃棄を請求した事案である。

三  争点

1  イ号製品の構成

2  イ号製品は本件発明の技術的範囲に属するか。

第三争点に関する当事者の主張

一  争点1(イ号製品の構成)について

【原告の主張】

1 イ号製品の構成は、別紙イ号製品目録(原告)のとおりである。

2 これを本件発明の各構成要件に対応させていえば、別紙イ号製品構成対応目録(原告)のとおりである。

3 原告が「一文ずつ抜き出す処理」と主張しているのは、被告ら主張の別紙イ号製品構成対応目録(被告ら)c2記載の、一文として切り出すべき位置が発見された場合に、切り出し結果ワークメモリ中の右切り出すべき位置のメモリアドレスデータの各々を、切り出し英文ポインタテーブルに記憶する文構造解析処理のことである。このように、切り出し結果ワークメモリ中の一文として切り出すべき位置のメモリアドレスデータを、切り出し英文ポインタテーブルに記憶させることは、一般に「関連付け」といわれる処理でり、これによって複数の一連の英文を一文ずつ抜き出す処理が行われることになる。

【被告らの主張】

1 イ号製品の構成は、別紙イ号製品説明書(被告ら)のとおりである。

2 これをあえて本件発明の各構成要件と対応させれば、別紙イ号製品構成対応目録(被告ら)のとおりである。

二  争点2(イ号製品は本件発明の技術的範囲に属するか)について

【原告の主張】

1 文言上の充足性

争点1に関する原告の主張2(別紙イ号製品構成対応目録〔原告〕)からすれば、次のとおり、イ号製品は本件発明の構成要件を満たす。

(一) イ号製品の構成aのイメージスキャナ1は、本件発明の構成要件A〔入力手段〕を充足する。

(二) イ号製品の構成bの文字認識部2は、本件発明の構成要件B〔認識手段〕を充足する。

(三) イ号製品の構成cは、本件発明の構成要件C〔情報処理手段〕を充足する。

イ号製品の「複数の一連の英文(文字信号)」は本件発明の「未処理情報」に、「一文ずつ抜き出された英文」は本件発明の「(右未処理情報に)対応する処理済情報」にそれぞれ相当するからである。

(四) イ号製品の構成dは、本件発明の構成要件D〔処理実行指示手段〕を充足する。

イ号製品の「一文抜き出し条件を満足する文字」は本件発明の「終端情報」に相当するからである。

(五) イ号製品の構成eのワードプロセッサは、本件発明の構成要件Eの〔情報処理装置〕を充足する。

2 被告らの主張2(イ号製品の構成と構成要件Dの充足性)について

本件発明の「未処理情報」とは何らの情報処理も施されていない情報という意味ではないし、「処理済情報」とは何らかの情報処理がされていればどのような情報処理であっても処理済情報というのではない。何らかの情報処理が施されたとしても、それが本件発明の「前記認識手段から出力される認識後の情報中に存在する終端情報を検出した際」処理実行指示手段により処理動作を実行させられる情報処理でないなら、それは本件発明の「情報処理」ではない。

イ号製品でいえば、「一文抜き出し処理」が本件発明の「情報処理」に該当するのであり、その他の情報処理が施されていても、それは本件発明の「情報処理」ではない。

したがって、英文変換処理を施した文字データであっても、「一文抜き出し処理」がされていない限り、それは本件発明の「未処理情報」であるから、被告らの主張は失当である。

3 被告らの主張3(明細書における記載からの限定解釈とイ号製品の属否)について

(一) 本件発明の特許請求の範囲の記載が、「…するための手段」との用語を使用しているのは、それがマイクロコンピュータ応用技術という本件発明の技術分野での通常の記載方法だからであるにすぎず、本件発明の構成要件は機能的クレームではない。

(二) 本件発明は、それ自体は公知技術である各構成要件を組み合わせることにより、前記事案の概要欄一3記載の特有の作用効果を奏する点に技術的意義を有するものであり、各構成要件の内容は、出願時の技術水準に照らした場合、当業者の観点から見て不明確な点はない。

(1) 構成要件Aの「入力手段」としては、本件発明の特許出願当時、音声入力手段はもちろん、FAX、イメージスキャナ(OCRの一部)等が知られていたから、これらも含まれるものとして解釈しても、当業者にとっては自明の範囲に属する。

(2) 構成要件Bの「認識手段」については、本件発明の特許出願当時、既に、文字(文字情報)、音声(音声情報)等の認識装置として、文字読取装置並びに音声認識装置等が知られていたから、これらを含むものとして解釈しても、当業者にとっては自明の範囲に属する。

(3) 構成要件Cの「情報処理手段」については、本件発明の特許出願当時、「情報」とは「一定の約束に基づいて人間がデータに与えた意味」であり、「情報処理」とは「与えられた情報から目的に沿った情報を得ること。データ処理はもとより、翻訳、図形、文字、音声の識別などはこれに含まれる。」という概念として使用されており、当業者にとって不明確な点はない。

(4) 構成要件Dの「終端情報を検出」については、本件発明の特許出願当時から、終端情報の検出による動作実行はデータファイル終端(EOF)、データ伝送終端(EOT)等の情報によって通常なされている自明事項にすぎない。また、本件発明の特許出願当時、コンピュータプログラム利用の技術は多方面で展開されていたから、終端情報を検出して処理実行を処理する手段にコンピュータプログラムの利用が含まれると解釈しても、当業者にとって自明の範囲に属する。

(三) 被告らは、本件発明の各構成要件が包括的・抽象的であると主張するが、広範な技術を含む概念であっても、その意味が明細書の記載、出願時の技術水準からして明確であるなら何らの問題もない。

(四) このように本件発明の各構成要件は、特段の限定解釈を要しないものであるところ、イ号製品は、争点1に関する原告の主張2(別紙イ号製品構成対応目録〔原告〕)のとおりの構成を有するものであるから、本件発明のいずれの構成要件も満たす。

4 被告らの主張4(出願経過からの限定解釈とイ号製品の属否〔構成要件Dについて〕)について

被告らは、原出願当初明細書の記載から、構成要件Dを限定解釈すべきであると主張するが、3(二)で述べたとおり、原出願及び本件発明の特許出願当時の技術水準に照らせば、各構成要件の意味を同(1)ないし(4)のように理解することは、当業者にとって自明であったというべきであるから、被告ら主張のような限定解釈をする理由はない。

5 被告らの主張5(公知技術からの限定解釈とイ号製品の属否)について

(一) 本件発明は自動入力(認識入力)を前提とした発明であるから、その構成には「認識手段」を要件としている。これに対し、乙1(特開昭五五ー四九七七一号公開特許公報)の発明はキーボードによる手動入力を前提とする発明であり「認識手段」は構成に含まれない。

また、本件発明は、「認識後」の情報中に存在する終端情報を検出し、これを情報処理の実行指示に利用する構成を採用することにより、「終端情報の検出精度の向上」及び「タイミングよく処理動作を自動的に実行する」の二つの作用効果を奏する。これに対し、乙1の発明は「認識手段」を構成に持たないため、右のような作用効果はない。そもそも、乙1の発明は、本件発明のような自動入力(認識入力)によるものではないから、本件発明のような技術課題もなく、したがって作用効果も全く異なる

したがって、乙1の発明を根拠に本件発明が全部公知であるとはいえない。

(二) 乙8(特開昭五四ー一〇七二四四号公開特許公報)及び乙9(特開昭五四ー一〇七二四五号公開特許公報)の発明では、被告らが主張するような「読点の検出」はしていない。仮に、乙8及び9の発明が「読点の検出」をしていたとしても、この検出を以後の処理(段落挿入)には利用していない。したがって、乙8及び9の発明を根拠に本件発明が全部公知であるということはできない。

(三) 乙17(特開昭五五ー一一〇三七六号公開特許公報)の発明は、本件発明の認識手段に相当する光学的文字読取装置における認識率の向上を図った発明であるにすぎない。これに対し、本件発明は乙17の発明のような光学的文字読取装置による自動入力(認識入力)を前提として、この光学的文字読取装置から出力される認識後の情報中より終端情報を検出し、この光学的文字読取装置に接続される情報処理装置の実行指示に利用する発明であり、両者は異なる。

仮に乙17の発明のLF(一行の読取りが終了したことを表す信号)の挿入が情報処理に該当するとしても、認識前の画像信号中より終端情報を検出し、それを実行指示に利用する発明であり、本件発明のように認識後の情報中より終端情報を検出するのではない。

したがって、乙17の発明は本件発明とは異なり、全部公知の発明たり得ない。

(四) 以上より、公知技術からの限定解釈に関する被告らの主張は、いずれも失当であり、本件発明の各構成要件を限定解釈する必要は何らない。

6 被告らの主張6(作用効果の観点からのイ号製品の属否)について

(一) ノイズ除去について

(1) 前記基礎となる事実3(一)の作用効果は、認識前情報が画像信号で、認識後情報が文字コード情報となっている場合にも妥当する。

すなわち、イメージスキャナの出力には、紙面の汚れなどのノイズが混在しているため、文字認識装置を通る前の画像情報からはピリオド等を高精度で検出することはできないが、このようなノイズは文字認識装置でカットされるので、文字認識装置で認識された後の文字コード情報からピリオド等を検出する場合には、認識前のノイズの多い情報から検出するのと比較して、検出精度が大幅に向上することとなる。

したがって、文字情報の場合であっても、本件発明の構成を採用すると、前記の作用効果を奏する。

(2) 被告らは、文字情報の場合、認識前の情報からピリオド等を検出する技術はないと主張する。

しかし、画像情報たる文字の幅、高さ等の特徴より当該文字を検出する技術は、既に昭和四〇年代から周知となっていた技術である。

すなわち、特定の文字、例えば句点を検出する場合、句点の幅と同じ幅の文字を検出するように設定すると句点と同じ幅の文字を検出することができる。ただ、その検出された文字は句点と同じ幅の文字であるというだけで、もし、句点と同じ幅の文字がほかにあったなら、句点のほか、幅の同じ文字をすべて検出することになる。これで句点だけの検出が困難なら高さも設定条件に加えればよい。このように、句点を横幅から検出するとは、句点そのものを検出するのではなく、句点の一つの特徴である横幅を検出することによってなされる。文字の横幅に加えて高さも検出条件に入れると、更に精度のよい検出が可能となる。

仮に被告らの主張のように認識前の情報から終端情報を検出することが不可能又はそのような技術がなかったとするならば、本件発明は、終端情報の検出精度を向上させるどころか、それまで不可能であった終端情報の検出を可能にした新規性、進歩性を有する画期的な発明ということになる。本件発明の構成によって明細書記載の作用効果以上の効果を発揮したからといって、本件発明の作用効果が否定されたり、技術的範囲が限定されたりするいわれはない。

(二) タイミングのよい実行指示について

(1) 前記のように、本件発明は、認識後の終端情報を検出の対象とすることを特徴とし、それにより、前記基礎となる事実3(二)の作用効果を奏するものである。

そして、イ号製品も、文字認識装置から出力される情報をピリオド等の検出の対象としている以上、右の作用効果を奏する。

(2) この点について被告らは、本件発明の右の作用効果が生じるのは、認識と情報処理が時間的に順次連続して行われる状況にある場合に限られるとし、イ号製品は、認識処理がすべて終了しないと次の情報処理の動作に移ることはできない構成になっているから、本件発明の右作用効果を奏しないと主張する。

被告らのこの主張は、終端情報は認識前の情報中から検出する場合で認識手段と情報処理手段との間に認識した文字信号を記憶するメモリを介在させたような構成(別紙構成表の1)を想定した理解であると思われる。そして、その構成の場合、入力手段からの画像情報が認識手段と処理実行指示手段とに入力されると、処理実行指示手段から瞬時に終端情報が検出され、情報処理手段に対して情報処理動作をするように指示されるが、この時点では認識手段での認識が終了していないばかりか、認識手段で認識された後も文字信号はメモリに記憶され、例えば、操作者の指示があって始めて情報処理手段に入力されることになれば、情報処理手段への入力と処理実行指示手段の終端情報の検出・情報処理動作の指示とは当然のことながら全くタイミングが合わない。

しかしながら、当業者ならこのような異常な構成は絶対に採用しない。

本件発明は情報処理手段への実行指示を自動化することを目的とする発明であるから、当業者はこの自動化が明白に不可能な構成などは採用はしないのである。

当業者であれば、認識手段と情報処理手段との間にメモリを介在させるなら、同様に少なくとも入力手段と処理実行指示手段との間にもメモリを介在させる構成(別紙構成表の2)を採用する。タイミングを合わせるために両方にメモリを介在させる程度のことは当業者には自明(極めて簡単な常識)である。そして、重要なことは、右構成表2の構成を採用しても、タイミングよく実行指示するためには、メモリAから情報処理手段に出力される文字信号(認識後の情報)と、メモリBから処理実行指示手段に出力される画像情報(認識前の情報)中からの終端情報の検出・実行指示とのタイミングを調整するための時間制御手段を必要とするということである。つまり、実行指示に当たってのタイムラグの問題は、認識と情報処理とが時間的に順次連続して行われる状況に固有の問題ではないのである。

以上は被告らが想定したと考えられる終端情報を認識前の情報中から検出する場合で説明したが、上記例のように一方にだけメモリを介在させるという異常な構成を採用すれば、認識後の情報中から検出する場合でも同様の問題が発生するのである。すなわち、別紙構成表の3の構成のような、メモリを認識手段と情報処理手段の間に介在させるが、処理実行指示手段へは認識手段からの出力をメモリを介在させずに出力したとすると、当然のことながら、別紙構成表の1の構成と同様にタイミングが全く合わないことになる。この場合でも、別紙構成表の2と同様に認識手段と処理実行指示手段との間にもメモリBを介在させる構成(別紙構成表の4)を採用することが考えられる。当業者にとっては当然のことである。

別紙構成表4の構成は、同じ認識後の情報なのに、情報処理手段への経路と処理実行指示手段への経路に、わざわざ二つのメモリを別々に介在させた構成である。しかし、同じ認識後の情報だとすれば、認識手段の次にメモリを一つ介在させ、そのメモリに記憶された認識後の情報を情報処理手段と処理実行指示手段とに出力すればよいのである(関連訴訟の対象製品の構成を示した別紙構成表の【イ号物件Qt】参照)。イ号製品の構成もこれと同じである。そして、イ号製品の構成と本件発明の実施例の構成(別紙構成表の【本件発明の実施例】参照)を比較してみると、その相違は認識手段の後にメモリが介在するか否かの差があるだけで、メモリを介在させても作用効果は全く異ならない。

したがって、右「イ号製品」のメモリは特許法上の付加にすぎず、イ号製品の文字認識装置から出力される情報が、一度、メモリに蓄えられ、後に呼び出されるとしても、本件発明の作用効果を奏することに変わりはない。

被告らの主張を前提とすれば、本件発明は従来技術ではタイミングを合わせることが不可能又は無意味であったものを可能にした発明ということになる。すなわち、被告らの主張では、従来技術と比較してより多くの作用効果を有する新規性、進歩性の大きい発明ほど、その技術的範囲が限定されるという不合理な結果になる。

(3) また被告らは、イ号製品では認識前の情報から文の区切りのアドレスを検出することはできないから、本件発明の作用効果を奏しないと主張するが、本件発明は認識前の情報を情報処理の対象とする発明ではないから、右主張は失当である。

また被告らは、イ号製品の文構造解析処理において文の区切りの位置のアドレスデータを記憶する処理は、情報処理手段に入力されている処理すべき情報に何らかの情報処理をするものではないから、本件発明の作用効果とは無関係であると主張するが、入力された文字コード情報とアドレス情報とは一対一に対応するものであり、文の区切りの位置のアドレスを記憶することは、文字コード情報によって示された複数の一連の英文から一文を区切るという意味を持つことになるから、イ号製品の文構造解析処理は、情報処理手段に入力されている処理すべき情報に情報処理をするものである。

【被告らの主張】

1 原告の主張1(文言上の充足性)はいずれも否認する。

2 イ号製品の構成と構成要件Dの充足性について

本件発明の「情報処理手段」とは「認識手段で認識された未処理情報をそれに対応する処理済情報に処理する」ものである。

他方、イ号製品においては、文字認識手段から出力された文字コードデータをいったんメモリに蓄えた後、英文変換処理を経て文構造解析処理(原告主張の「一文ずつ抜き出す処理」)が行われる。ここにいう英文変換処理とは、認識された文字コードデータから英文であるものと英文ではないものを選別するための処理であるが、前記の文構造解析処理は、この英文変換処理がなされた後の文字コードデータについてなされる。したがって、仮に文字認識手段で認識された文字コードデータが本件発明の「未処理情報」に当たるとしても、それに英文変換処理を施した文字コードデータは、既に「処理済情報」であるから、文構造解析処理を行うプログラムは、「認識手段で認識された未処理情報をそれに対応する処理済情報に処理する」「情報処理手段」に当たらない。

3 明細書における記載からの限定解釈とイ号製品の属否

(一) 本件発明の構成要件はいずれも、「達成される機能」と「手段」で表現されたいわゆる機能的クレームに属するもので、各構成要件は極めて抽象的・包括的に表現されている。このような場合、その技術的範囲は、発明の開示のために明細書の発明の詳細な説明中に記載された記述から、当業者が容易に実施できる程度に開示された範囲又は自明な範囲に限られなければならない。

(1) 本件明細書において、構成要件Aの「情報を入力する」ものとして開示されているのは音声入力のみであるから、構成要件Aは音声入力装置に限定されるべきである。

(2) 本件明細書において、構成要件Bの「情報を認識する」ものとして開示されているのは音声認識のみであるから、構成要件Bは音声認識装置に限定されるべきである。

(3) 本件明細書において、構成要件Cの「情報処理手段」として開示されているのは電子翻訳装置のみであるから、構成要件Cは翻訳装置に限定されるべきである。

(4) 本件明細書において、構成要件Dの「終端情報を検出し」として開示されているのは、音声入力の空白が所定の時間を超えることを時定数回路を用いて検出することのみであるから、構成要件Dは、時定数回路を用いて音声入力の空白が所定の時間を超えることを検出するごとに、電子翻訳装置の翻訳動作を実行させることに限定されるべきである。時定数回路による音声空白の検出と文字認識後の文字コード信号からコンピュータプログラムを用いてするピリオド等の検出は、技術的に全くその基盤を異にするものであり、容易に想到できるとはいえないからである。

(二) 各構成要件の意義に関する原告の主張は、いずれも本件発明の構成要件が抽象的・包括的であるのを利用して、明細書の記載から当業者が実施可能な程度に読み取ることのできる範囲を超えて、その意味内容を不当に拡張しようとするものである。本件発明の権利範囲を、明細書に開示された実施例等から合理的に解釈すれば、音声認識において、認識後の情報中に存在する一定時間以上の空白をトリガーとして翻訳処理を実行させるというものに限定されるというべきである。

(三) イ号製品は、概略、争点1に関する被告らの主張2(別紙イ号製品構成対応目録〔被告ら〕)のとおりの構成を有するものであるところ、①イ号製品は文字情報を画像入力した上で文字認識するものであるから、本件発明の構成要件Aの「入力手段」及びBの「認識手段」を充足せず、②イ号製品における原告主張の情報処理手段は複数の英文を一文ずつ抜き出す処理(文構造解析処理)であるから、それを行うプログラムは本件発明の構成要件Cの「情報処理手段」を充足せず、③イ号製品では文字認識語の文字コード信号からコンピュータプログラムを用いてピリオド等を検出しているから、本件発明の構成要件Dの「終端情報を検出」を充足しない。

4 出願経過からの限定解釈とイ号製品の属否(構成要件Dについて)

(一) 本件発明は、原出願からの分割出願として特許出願されたものであるが、原出願においては、「終端情報の検出」として、「認識後音声信号における時間的空白の長短を時定数回路を用いて検出すること」のみが開示されていた。ところが、原告は、昭和五七年三月九日付け手続補正書において初めて、認識後の音声信号の時間的空白の長短の検出(空白検出手段VOXの機能)を「LSI、1チップマイコンなどで処理するようにしてもよい」という単純な文章を補充した。しかしそのような単純な一文の補充は、単にひとつの可能性を示したものにすぎず、特許実務から見ておよそ当業者に実施可能な程度にマイクロコンピュータの実施例を追加したものとはなり得ないものであり、仮にそのような補充が当業者に実施可能な程度にマイクロコンピュータの実施例を追加したものと解し得るとすると、それはまさしく新規の構成要件を追加する要旨変更となり、それを前提としてなされた本件発明の分割出願は不適法となる。

したがって、本件発明の構成要件Dの「終端情報の検出」は、原出願の当初明細書に開示されていた限度である「認識後音声信号における時間的空白の長短を時定数回路を用いて検出すること」に限定して解釈されなければならない。

(二) イ号製品は、概略、争点1に関する被告らの主張2(別紙イ号製品構成対応目録〔被告ら〕)のとおりの構成を有するものであり、文字認識後の文字コード信号からコンピュータプログラムを用いてピリオド等を検出するものであるから、本件発明の構成要件Dを充足しない。

5 公知技術からの限定解釈とイ号製品の属否

(一) 本件発明の特許出願当時、次の技術が公知であった。

(1) 日本語ワードプロセッサーにおいて、キーによる入力がなされるとき、当該仮名キーに対応する文字が識別されて、その文字コード信号が発生し、仮名で表現された日本語文章が記憶され、句読点が入力されたとき、それまでに入力された仮名の日本語文章の中で漢字に該当する部分が漢字に変換されるように構成された技術(乙1)。

(2) 日本語文章の構文を機械的に解析する装置において、日本語文章中の読点を検出して、段落切り回路の段落信号挿入回路にて段落レベルコードを付与した後、書き込み回路にて段落結果を記憶装置の解析結果保存用領域に書き込む技術(乙8)。

(3) 日本語文章の構文を機械的に解析し、その結果に従って文章を読みやすい形式に整えて表示する装置において、段落切り回路により各段落の末尾語にその段落に対する段落レベルコードが付与され、解析結果出力回路では、解析結果保存用領域からの段落レベルコードを検出して、文章文字コード列の中に必要なコントロールコード(改行コード)が挿入される技術(乙9)。

(4) 文字又は記号等の記載されている用紙上を手で持って移動し、文字又は記号等の情報を光学的に読み取る光学的文字読取装置において、文字の識別出力が一定時間以上ない場合、一行の読取りが終了したことを示すLF信号をデータ中に加える処理を行う技術(乙17)。

(二) これらの公知技術においては、文字認識後の文字コード列の中から、何らかの「終端情報」を検出し、これを契機として未処理データを何らかの処理済みデータに変換する情報処理技術が開示されており、原告のように本件発明の各構成要件を広く解釈するときには、これらの公知技術もその内容に含むこととなり、本件発明は全部公知の発明となる。したがって、本件発明の技術的範囲を定めるに当たっては、特許請求の範囲の文言上は含まれる技術であっても、これらの公知技術に属するものは含まれないと解釈されるべきであるから、本件発明の各構成要件の意義は、3で述べた意義に限定して解釈すべきである。

(三) イ号製品は、概略、争点1に関する被告らの主張2(別紙イ号製品構成対応目録〔被告ら〕)のとおりの構成を有するものであるから、3(三)記載のとおり、本件発明の構成要件A、B、C及びDを充足しない。

6 作用効果の観点からのイ号製品の属否

(一) ノイズ除去について

イ号製品が認識の対象とする文字情報では、仮にピリオドを終端情報と仮定しても、ピリオドは、文字認識を経て初めて他の文字との識別が可能となるのであって、認識前に文字とピリオドとを識別する技術は存在しない。このように、そもそも認識前には「検出」可能な「終端情報」としての「ピリオド」そのものが存在せず、「認識」をすることによって、認識前と比較して、ピリオドを検出する上で障害となるノイズが除去されピリオドの検出精度が高まるというような作用効果は認められない。

原告は、認識前の情報から文字とピリオドとを識別する技術は存在したと主張するが、そのような技術は存しない。

(二) タイミングのよい実行指示について

(1) 本件発明の解決課題は、認識前の情報から終端情報を検出しそれを処理実行指示に利用する場合には、認識手段の認識に要する時間のタイムラグを考慮する必要があるということであり、右課題を解決したことによる本件発明の作用効果は、(認識前ではなく)認識後の情報から終端情報を検出する場合には、実行指示に当たり、このような時間的タイムラグを考慮する必要がなくなるということである。

そして、認識に要するタイムラグを解決する必要がある場合とは、認識と情報処理が時間的に順次連続して行われる状況にある場合であり、本件発明は、そのような場合に固有の問題点を解決しようとしたものである。

(2) これに対して、イ号製品においては、概略、

ア 一頁分の英文情報の文字認識がすべて終了し、次いでオペレーターが認識処理の終了を指示操作し、その中で「認識結果を英日翻訳支援に取り込む」を選択操作して初めて原文情報の入力処理(原文文書ワークメモリに原文データを保存する処理)が行われ、

イ さらにその後、オペレーターが翻訳の形式を選択し、原文の翻訳範囲を選択して初めて次の処理が開始されることになる。

右のように、イ号製品においては、認識処理がすべて終了しないと、次の情報処理の動作に移ることはできない。すなわち、認識処理と次の処理は、時間的に独立したものであり、各々が独立したタイミングにより行われるのである。

さらに、イ号製品においては、原告が問題とする一文切り出しの前に、認識された文字コードデータについて、英文変換プログラム処理がなされる。この処理の結果が切り出し用ワークメモリに保存され、切り出し用ワークメモリのデータについて、文構造解析プログラムにより、切り出し位置の探索が行われるのであり、一文切り出しと認識結果の出力のタイミングを調整する必要もない。

このようなイ号製品においては、一文切り出しを行う文構造解析処理に当たり、認識処理に要するタイミングを考慮することはおよそ無意味なのであり、したがって、終端情報の検出対象を認識前情報から認識後情報したことによって、認識手段の認識に要する時間のタイムラグを考慮する必要がなくなるという作用効果を奏しない。

(3) また、イ号製品における一文切り出し処理(文構造解析処理)は、切り出し用ワークメモリ中のデータ中の文の区切りの位置としたアドレスデータを、切り出し英文ポインタテーブルに記憶する処理であるところ、このようなアドレスは、認識前の情報中には存在せず、およそ認識前の情報から文の区切りの位置のアドレスを検出することはできない。このように、イ号製品においては、認識前の情報から終端情報を検出してそのアドレスを記憶することが想定できない以上、認識前の情報から終端情報を検出する場合に比較して認識後の情報から終端情報を検出する場合にはタイミングよく処理実行指示をなし得るという本件発明の作用効果を奏しない。

さらに、このようなタイミングのよい処理実行指示をなし得るのは、終端情報が検出されたときには、必ず、処理すべき情報がすべて情報処理手段に入力されており、情報処理手段に入力された処理すべき情報に何らかの処理を行うことが前提となっている。しかし、イ号製品における文構造解析処理は、文の区切りの位置としたアドレスデータを切り出し英文ポインタテーブルに記憶する処理であって、情報処理手段に入力された処理すべき情報(文字コードデータ)に何らかの処理を行うものではない。したがって、イ号製品の文構造解析処理は、本件発明の作用効果とは無関係である。

第四争点に対する当裁判所の判断

一  イ号製品の構成について

イ号製品の構成をどのように特定すべきかについては当事者間に争いがある(争点1)が、後記の判断に必要な限度でイ号製品の構成を検討すると、甲29、乙20及び弁論の全趣旨によれば、イ号製品は、英日翻訳機能に関して、次の構成を有すると認められる。

1  操作者は、まず「メニュー1」の「英日翻訳支援」を選択する。

2  次に、翻訳の対象となる英文を入力することが必要であるが、これには、英文を新規に入力する方法、保存されている英文を呼び出す方法、英文の原稿をイメージスキャナで読み取って取り込む方法(活字文字認識)の三とおりがある。

3  活字文字認識は、英文一頁単位で行われ、イメージスキャナによって一頁分の英文が画像情報として入力された後、文字認識が行われる。そして、操作者が「認識結果を、英日翻訳支援に取り込みます。」を選択すると、活字文字認識が終了し、認識された英文の文字コード情報がメモリ(原文文書ワークメモリ)に記憶される。

4  続いて翻訳処理画面が表示され、操作者は訳の付け方(文章訳、フレーズ訳、単語訳のいずれか)と翻訳の仕方(一文訳、指定範囲の一文訳、全文訳、範囲訳)を選択する。

5  ここで操作者がF9のキーによって全文訳を選択すると、原文文書ワークメモリに記憶された一頁分の文字コード情報を対象に英文変換処理が行われ、英文以外の不要な文字コードデータを削除した後、右処理後の一頁分の文字コード情報を切り出し用ワークメモリに格納し、続いて右メモリに格納された文字コード情報について、英文の抜き出し(文構造解析処理)が行われる。

文構造解析処理は、英文の統計上又は英文法上における一文として構成される要素をあらかじめプログラム化して保存しておき、この要素と入力された原文の文字列とを順次照合することによって、翻訳単位となる一文として切り出すべき位置を探索し決定する処理である。

右の一文として構成される要素としてプログラム化されている内容は多岐にわたるが、ピリオド文字と組み合わせた単語列を探索する場合を例にとると、探索の結果、①ピリオド文字に続いてスペース文字さらに英大文字を組み合わせた単語列であって、②その単語列の前に位置する単語が、あらかじめ決められた「aDr」、「a Miss」、「No」等の単語列でなく、またミドルネームの単語でもないものが発見された場合には、先頭文字から当該スペース文字までを一文として決定する。

こうして一文の範囲が決定されると、前記切り出し用ワークメモリに格納された一頁分の文字コード情報がそのまま切り出し結果ワークメモリに複写されるとともに、同メモリ中の、一文として決定された当該スペース文字の次に位置する文字位置(メモリアドレス)を、切り出すべき位置として切り出し英文ポインタテーブルに記憶させるという処理が行われる。

他方、ピリオド文字が存在しても、右①②の条件を満たさない場合には、そのピリオド文字までを一文として決定することはせず、他の要素による一文切り出し位置の決定を行う。

また、別の例を挙げれば、「As」、「While」に続いて単語列を挟み、その後にコンマ文字でなる単語列が存する場合には、先頭文字からコンマ文字までを一文として決定し、その次に位置する文字位置を切り出すべき位置として、そのアドレスを切り出し英文ポインタテーブルに記憶させるという処理が行われる。

二  本件発明の特徴について

1  前記基礎となる事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件発明の特許出願は、原出願(特願昭五五ー一七六二九六号)からの分割出願である。

(二) 原出願にかかる発明の内容(補正後のもの)は、次のようなものであった(乙2)。

(1) 特許請求の範囲(第1項)

「遠くから送られてくる翻訳すべき元言語に関する情報を受信する受信手段と、前記受信手段で受信された翻訳すべき元言語に関する情報に基づいて、それに対応する翻訳言語に関する情報に翻訳する翻訳手段と、前記翻訳手段で翻訳された翻訳言語に関する情報を出力する出力手段と、前記受信手段で受信された翻訳すべき元言語に関する情報の終端を検出する終端検出手段と、前記終端検出手段で終端を検出した際、前記翻訳手段に翻訳動作を実行させる翻訳指示手段とを備えてなる電子翻訳装置」(昭和六二年五月三一日付け手続補正書による補正後のもの)

(2) 発明の課題及び効果

ア 「本発明は電子翻訳装置の改良に関するものであり、特に元言語入力信号の終端を検出し、自動的に電子翻訳を開始させるようにした電子翻訳装置に関するものである。」

イ 従来の電子翻訳装置においては、「話者は元言語をインプットするたびに、必ず手で、そのつど翻訳スイッチを操作しなければ翻訳言語を得ることができなかった。」、「音声認識回路を備えた音声入力可能な電子翻訳装置においては、元言語のインプットは音声で直接インプットできるから手操作は不要となるが、翻訳指示操作のためにどうしても手を用いなければならない。」、「本発明はかかる欠点を除去するものであ」る。

ウ 「本発明によれば、遠くから送られてくる翻訳すべき元言語情報を受信する受信手段と、翻訳手段と、元言語情報の終端を検出する終端検出手段と、終端を検出した際、翻訳動作を実行させる翻訳指示手段とを備えているので、元言語情報を入力する送信機から遠くはなれた場所で、何ら手操作を要せず、自動翻訳受信を行うことができ、音声認識手段を用いれば、自動翻訳放送、自動翻訳電話などを実現することができ、翻訳装置、翻訳通信装置の自動化を実現することができるなど、その実用的価値は極めて大きい。」

(三) 原出願に対しては、昭和六二年一〇月六日付けで進歩性を欠如するとして拒絶理由通知がなされ(甲24の1)、さらに昭和六三年一〇月二七日付けで同じ理由で拒絶査定がなされた(甲24の2)。拒絶査定の理由中には、次の判断が示されていた。

「…、音声終端による実行は公知(第二引例)であり、一般的にも終端情報の検出による動作実行はデータファイル終端(EOF)、データ伝送端(EOT)等の情報によって通常なされている自明事項にすぎない。」

この拒絶査定は、そのまま確定した。

2  以上のような原出願の内容及び拒絶査定の理由、原出願にかかる発明と本件発明との比較からすると、本件発明は、入力情報中に含まれる終端情報を検出して自動的に情報処理動作を実行するという公知技術を前提に、終端情報を検出する対象を、入力情報を認識する前の情報ではなく、入力情報を認識した後の情報とすることによって、前記基礎となる事実に記載した、①終端情報検出精度を向上させる、②認識手段での認識動作の、処理実行指示手段での終端情報検出に対する時間遅れ(タイムラグ)の調整を不要にしてタイミングのよい実行指示を行えるという二つの作用効果を有する点に着目して特許が付与されたものと理解するのが相当である。そして、本件発明の本質的要素がこのようなものである以上、これらの作用効果を共に奏しない技術は、本件発明の技術的範囲には属さないと解するのが相当である。

三  認識手段での認識動作の、処理実行指示手段での終端情報検出に対する時間遅れ(タイムラグ)の調整を不要にしてタイミングのよい実行指示を行えるという効果について(争点2に関する双方の主張6について)

1  まず、本件発明において、解決すべき課題である「タイミングよく処理を実行させ…ることができない」(本件公報8欄28ないし30行目)という問題点が生じる理由は、認識前の情報から終端情報を検出するのに要する時間と、認識手段で情報を認識して情報処理手段に入力するのに要する時間との間に、前者が後者よりも短いという時間差(タイムラグ)があるため、遅延手段を設ける等して情報処理手段への実行指示のタイミングを遅らせなければ、情報処理手段に処理実行を指示しても、いまだ認識手段で認識動作中であるという状況が生じ、タイミングよく処理を実行させることができないからである(本件公報8欄22ないし30行目参照)。

そして、このような時間差(タイムラグ)があるためにタイミングのよい情報処理ができないのは、認識前の情報から終端情報を検出して情報処理手段に処理実行を指示するという作業と、認識前の情報を認識して情報処理手段に入力するという作業が同時並行的に行われており、いわば両作業が、情報処理手段への処理実行指示と認識後情報の入力をめぐって速度的な競争をし、両作業の遅速が情報処理のタイミングにそのまま直結しているからである。そして、本件発明は、このような状況において、認識後の情報から終端情報を検出することによって、認識手段での作業と処理実行指示手段での作業との間の同時並行性(速度的な競争状況)自体を解消して両作業に要する時間差(タイムラグ)が問題にならないようにし、これにより、終端情報が検出されたときには、必ず、処理すべき情報はすべて情報処理手段に入力されているようにして、遅延手段などの時間制御手段を要しないこととしたものであると解される。

2  ところで、このような、認識前の情報から終端情報を検出する場合の問題点は、認識と情報処理とが時間的に順次連続して行われる状況に固有の問題点であると解される。

すなわち、情報の認識がいったんすべて行われてメモリに蓄積され、情報処理を行う際に改めて認識後の情報がメモリから呼び出されて情報処理手段に送られるという状況のように、認識と情報処理とが時間的に断絶している場合でも、認識前の情報から検出した終端情報を利用して、タイミングよく情報処理を実行しようとすると、メモリから呼び出される認識後の情報が情報処理手段へ入力された後に処理実行指示を情報処理手段に入力しなければならない点に変わりはない。しかしながら、認識後の情報がいつメモリから呼び出されるかということは人為的かつ非定型的であるため、そのような状況下では、認識作業と終端検出作業の遅速が情報処理のタイミングに直結しておらず、そのため本件発明が解決しようとした認識手段の認識に要するタイムラグを調整することは無意味であり、解決すべき課題として意味をなさないからである。

そうすると、情報の認識がいったんすべて行われてメモリに蓄積され、情報処理を行う際に改めて認識後の情報がメモリから呼び出されて情報処理手段に送られるという状況の場合には、本件発明が解決しようとした課題はそもそも問題とならないのであるから、そのような状況の下で、認識後の情報から終端情報を検出し、タイミングのよい実行指示が行われていたとしても、それをもって、本件発明の課題を解決する作用効果を奏していると見ることはできない。

右に述べたところからすれば、本件発明の構成要件Cにおける「認識手段で認識された未処理情報に基づいて、それに対応する処理済情報に処理する」という構成は、「認識手段で認識された未処理情報に基づいて、時間的に順次連続して、それに対応する処理済情報に処理する」との意義であると解するのが相当であり、右のように解することによって、本件発明の解決すべき課題に対応し、かつこれを解決する作用効果を奏するものとなるのである。

3  これを原告主張の別紙構成表の各例を参照して詳しく述べると、次のとおりである。

(一) 例えば、別紙構成表の1の例では、認識手段から情報処理実行手段に至る流れでは、すべての認識作業を終えるといったんメモリに認識後情報を蓄えておき、その後にメモリから認識後情報を呼び出してようやく情報処理手段に情報が到達する。他方、処理実行指示手段から情報処理手段に至る流れでは、休みなく終端情報を検出してその都度実行指示を情報処理手段に送っている。これでは処理実行指示手段が終端情報を検出して実行指示を情報処理手段に入力しても、認識後の情報がいまだ情報処理手段に到達していないから、タイミングのよい実行指示はおよそ不可能である。

しかし、この例でタイミングのよい実行指示が不可能であるのは、認識手段と処理実行指示手段の作業に時間差(タイムラグ)があり、その調整が行われていないからではない。この例では、認識手段側のルートでは認識後の情報をいったんメモリにすべて蓄えてから、情報処理を行う際に操作者が改めて呼び出して情報処理手段に出力するというように、認識と情報処理とが時間的に断絶しているのに対し、処理実行指示手段の側では、時間的な断絶がない。そのため、認識作業と終端情報検出作業自体は同時並行的に行われ、それらの作業には時間差(タイムラグ)が生じているとしても、認識作業と終端情報検出作業が情報処理手段への情報入力をめぐって同時並行的に速度競争をしている状況ではなく、両作業の遅速が情報処理のタイミングに直結していない。このような状況では、認識手段側のルートにおけるメモリからの出力のタイミングと、処理実行指示手段の側における終端情報の検出による処理実行指示のタイミングを合わせることこそが解決すべき課題であり、認識作業と終端検出作業の時間差(タイムラグ)を解決することは、右課題に吸収されてしまい、無意味なものとなってしまっているというべきである。

そしてまた、そうであるために、右の例では、仮に認識後の情報から終端を検出することとしたとしても(別紙構成表の3の状況)、認識手段側のルートでは認識と情報処理とが時間的に断絶しているのに対し、処理実行指示手段の側では、時間的な断絶がなく、そのため認識作業と終端情報検出作業が情報処理手段への情報入力をめぐって同時並行的に速度競争をし、両作業の遅速が情報処理のタイミングに直結している状況ではないことに変わりはないから、認識手段側のルートにおけるメモリからの出力のタイミングと、処理実行指示手段の側における終端情報の検出による処理実行指示のタイミングとを合わせる特別の手段をとらない限り、やはりタイミングのよい実行指示ができないことに変わりがない。

このように、認識と情報処理とが時間的に連続して行われず、認識前情報の認識がいったんすべて行われてメモリに蓄積され、情報処理を行う際に改めて認識後の情報がメモリから呼び出されて情報処理手段に送られるという状況の場合には、本件発明の課題が存在せず、したがって、本件発明の課題解決原理による作用効果も奏しないというべきである。

(二) 原告は、当業者ならば別紙構成表の1や3のようなおよそタイミングの合わない異常な構成は絶対に採用せず、別紙構成表の2又は4の構成を採用するとし、別紙構成表の2のように認識と情報処理とが時間的に順次連続して行われることがない構成を採用しても、タイミングよく実行指示するためには、メモリAから情報処理手段に出力される文字信号(認識後の情報)と、メモリBから処理実行指示手段に出力される画像情報(認識前の情報)中からの終端情報の検出・実行指示とのタイミングを調整するための時間制御手段を必要とするという問題が生じることに変わりはないと主張する。

確かに、別紙構成表の2の例では、認識手段側のルートでは、認識手段で認識された情報はいったんすべてメモリAに蓄えられた後に、改めて呼び出されて情報処理手段に入力されるのに対し、処理実行指示手段側のルートでは、入力手段で入力された情報はいったんすべてメモリBに蓄えられた後に、改めて呼び出されて処理実行指示手段へ入力され、そこで終端情報が検出されて情報処理手段への処理実行指示がなされるということになるから、タイミングよく実行指示するためには、メモリAから認識後の情報を情報処理手段に出力するタイミングと、メモリBから認識前の情報を処理実行指示手段に出力して終端情報の検出・実行指示を出力させるタイミングを調整することが必要となる。

しかし、この場合に必要となるタイミング調整は、本件発明が解決課題とするような、認識手段による認識作業が、処理実行処理手段による終端情報検出作業よりも時間がかかることにより生じる時間差(タイムラグ)を調整するというものではない。すなわち、この例の場合に必要となるタイミング調整は、本件発明が解決しようとする課題とは異なるというべきである。そして現に、別紙構成表の2の例から、終端情報の検出を認識後の情報によって行うように変更しても(別紙構成表の4の状況)、タイミングよく実行指示するためには、メモリAから認識後の情報を情報処理手段に出力するタイミングと、メモリBから認識後の情報を処理実行指示手段に出力して終端情報の検出・実行指示を出力させるタイミングを調整することが必要になることに変わりはない。

この点について、甲15(原告代理人の国立北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科教授【I】に対する質問と回答)では、別紙構成表の2の場合において、「メモリAからの認識後の信号とメモリBからの認識前の信号とのタイミングを合わせられるか。認識手段での認識動作に要する時間(タイムラグ)の問題は解消されるか。」との原告代理人の問いに対し、「タイミングを合わせることはできない。タイムラグの問題も解消されない。しかし、遅延させるなどして時間制御を行えば、タイミングを合わせることができる」と回答されている。しかし、この例において、タイミングを合わせるための手段が必要となるのはそのとおりであるとしても、認識作業と終端情報検出作業との間に解消されるべき「タイムラグ」の問題は存しないというべきであるし、この場合に終端情報の検出に遅延手段を設けてもタイミングを合わせることはできないのであるから、甲15の右記載は採用できない。

このように、原告が当業者であれば常識的に採用するとする別紙構成表の2及び4の例においても、認識と情報処理とが時間的に連続して行われず、認識前情報の認識がいったんすべて行われてメモリに蓄積され、情報処理を行う際に改めて認識後の情報がメモリから呼び出されて情報処理手段に送られるという状況の場合には、本件発明の課題が存在せず、したがって、本件発明の課題解決原理による作用効果も奏しないというべきである。

4  しかるところ、前記一で認定したところからすれば、イ号製品の構成は、別紙構成表の「イ号物件Qt」欄のとおりであると認められる。そして、原告は、この例でのメモリは、本件発明の実施例の付加物であるにすぎないと主張する。

確かに右のイ号製品の構成では、タイミングのよい実行指示は実現されている。しかし、そこでは、メモリの存在によって認識と情報処理が時間的に断絶しており、もともと認識手段における認識作業と処理実行指示手段における終端情報の検出とが速度的な競争を行っている関係にはない。したがって、終端情報の検出を認識前の情報から行おうと、認識後の情報から行おうと、認識作業と終端検出作業のタイムラグを調整することはもともと無意味なことであり、そのタイムラグを調整することによってタイミングのよい実行指示ができるようになったという本件発明の作用効果を奏しているとはいえないのであるから、メモリの存在を単なる付加物ということはできない。

また、原告は、以上のように考えた場合には、本件発明は不可能を可能にしたものと評価していることになると主張する。この主張の趣旨は、以上のような見解を目して、別紙構成表の1の例のように認識前の情報から終端情報を検出する場合にはタイミングのよい情報処理がおよそ不可能であったのが、イ号製品の構成のように認識後の情報から終端を検出することによって可能になったと述べていることになると理解する趣旨であると解される。しかし、先に述べたとおり、もともと別紙構成表の1の例では本件発明の解決課題とは異なる課題が存在し、そのために、別紙構成表の1の例において本件発明はおよそ妥当しないのであるから、別紙構成表の1の例に本件発明を適用しても何らタイミングのよい実行指示はできない。原告の右主張は当を得ていない。

5  このようにイ号製品は、情報の認識がいったんすべて行われてメモリに蓄積され、情報処理を行う際に改めて認識後の情報がメモリから呼び出されて情報処理手段に送られるという構成が採られており、そのために、認識作業と終端検出作業のタイムラグを調整することによってタイミングのよい実行指示を行うという作用効果を奏していると見ることはできないから、本件発明の構成要件Cの「認識手段で認識された未処理情報に基づいて、それに対応する処理済情報に処理する」との構成を充足しない。

第五結論

以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官 安永武央)

<以下省略>

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